ファクターベース資産リターンシミュレーションモデル
ファクターベース資産リターンシミュレーションモデル:多次元リスク要因の統合的アプローチ
分析の前提となる研究です。アセットクラスのパスは様々なモデルが設定でき、南研究室ではマルチファクターモデルを前提としたクオンツ分析を行うため、新しい試みとして下記の設定をしました。 現代の金融市場において、資産リターンは複数の体系的リスク要因によって駆動される複雑な構造を有している。単純な多変量正規分布モデルでは捉えきれない現実的な特徴を反映するため、本研究では包括的なファクターベースシミュレーションモデルを提案する。本モデルは、共通ファクター、季節性効果、政策サイクル、市場環境ショック、および時変相関構造を統合的に考慮することにより、より現実的な資産リターンの確率過程を再現する。
モデルの理論的枠組み
基本モデル構造
時点 における資産 のリターン は、以下の包括的なファクターモデルによって表現される:
ここで、各構成要素は以下のように定義される:
| 記号 | 定義 |
|---|---|
| 資産 のファクター に対する感応度(ファクターローディング) | |
| 時点 におけるファクター のリターン | |
| 季節性効果 | |
| 政策サイクル効果 | |
| 市場環境依存ショック | |
| 固有リスク(残差項) |
ファクター構造
本モデルでは、実証研究で広く支持されている3つの共通ファクターを採用する。各ファクターは独立な正規分布 に従うと仮定する。
| ファクター | 期待収益率 | ボラティリティ | 経済的意味 |
|---|---|---|---|
| Growth | 0.5%/月 | 3.0%/月 | 成長株要因 |
| Value | 0.4%/月 | 2.5%/月 | 割安株要因 |
| Quality | 0.3%/月 | 2.0%/月 | 質の高い企業要因 |
ファクター感応度
各資産のファクターに対する感応度は以下のように設定される。
| 資産 | Growth | Value | Quality |
|---|---|---|---|
| 株式 | 0.7 | 0.2 | 0.1 |
| 債券 | -0.1 | 0.3 | 0.6 |
| REIT | 0.3 | 0.5 | 0.2 |
| 商品 | 0.2 | 0.1 | 0.1 |
| 現金 | 0.0 | 0.0 | 0.0 |
季節性効果
季節性効果 は、実証研究で観察される月次パターンを反映する:
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 補正値 | +0.3% | +0.1% | 0.0% | -0.1% | -0.2% | -0.3% |
| 月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 補正値 | -0.2% | -0.1% | 0.0% | +0.1% | +0.2% | +0.3% |
この設定は、1月効果、「Sell in May」効果、年末ラリーなどの既知の季節性パターンを考慮している。
政策サイクル効果
政策サイクル効果 は、3年周期(36ヶ月)の正弦波として表現される:
この設定は、政治的・政策的サイクルが金融市場に与える中期的影響を反映している。
市場環境ショック
市場環境 に応じて、資産固有のショックが発生する。
| 市場環境 | 株式 | 債券 | REIT | 商品 |
|---|---|---|---|---|
| 利上げ期 | -0.2% | -1.0% | 0% | 0% |
| インフレ期 | 0% | 0% | +0.2% | +1.0% |
| 景気後退期 | -1.2% | +0.3% | -0.8% | 0% |
| 地政学リスク期 | -0.5% | 0% | 0% | +0.8% |
時変相関構造
固有リスク は、市場環境に依存する相関構造を持つ多変量正規分布に従う:
通常期の相関行列 :
| 株式 | 債券 | REIT | 商品 | 現金 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 株式 | 1.0 | -0.2 | 0.5 | 0.3 | 0.0 |
| 債券 | -0.2 | 1.0 | -0.1 | -0.2 | 0.1 |
| REIT | 0.5 | -0.1 | 1.0 | 0.2 | 0.0 |
| 商品 | 0.3 | -0.2 | 0.2 | 1.0 | 0.0 |
| 現金 | 0.0 | 0.1 | 0.0 | 0.0 | 1.0 |
危機期の相関行列 :
| 株式 | 債券 | REIT | 商品 | 現金 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 株式 | 1.0 | 0.4 | 0.7 | 0.6 | 0.0 |
| 債券 | 0.4 | 1.0 | 0.2 | 0.3 | 0.1 |
| REIT | 0.7 | 0.2 | 1.0 | 0.5 | 0.0 |
| 商品 | 0.6 | 0.3 | 0.5 | 1.0 | 0.0 |
| 現金 | 0.0 | 0.1 | 0.0 | 0.0 | 1.0 |
危機期には資産間相関が全般的に上昇し、分散投資効果が低下する現象を再現している。
固有リスク
各資産の固有ボラティリティは以下のように設定される。
| 資産 | 固有ボラティリティ |
|---|---|
| 株式 | 1.5%/月 |
| 債券 | 0.5%/月 |
| REIT | 2.0%/月 |
| 商品 | 3.0%/月 |
| 現金 | 0.1%/月 |
市場環境の確率分布
市場環境は以下の確率分布に従って確率的に切り替わる。
| 市場環境 | 確率 |
|---|---|
| 通常期 | 75% |
| 危機期 | 5% |
| 利上げ期 | 5% |
| インフレ期 | 5% |
| 景気後退期 | 5% |
| 地政学リスク期 | 5% |
モデルの特徴と優位性
現実的な前提
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| ファクター構造 | 実証研究で支持される成長、バリュー、クオリティファクターを採用 |
| 時変相関 | 危機期における相関上昇現象を再現 |
| 季節性 | 実際の市場で観察される季節パターンを反映 |
| 政策サイクル | 政策の中期的影響を3年周期で模擬 |
リスク要因の多様性
| リスク層 | 内容 |
|---|---|
| 共通ファクター | 市場全体に影響する体系的要因 |
| 固有リスク | 資産固有の変動要因 |
| 市場環境ショック | 特定の市場状況での追加的影響 |
| 相関変化 | 市場状況に応じた資産間相関の動的変化 |
実装上の注意点
| 項目 | 留意事項 |
|---|---|
| ファクター間相関 | ファクターリターンは独立に生成されるが、実際には相関を持つ場合がある |
| 市場環境遷移 | 市場環境の遷移は独立に決定されるが、実際にはマルコフ性を持つ場合がある |
| パラメータ校正 | 過去データからの推定が必要であり、推定誤差を考慮する必要がある |
結論
本研究で提案したファクターベース資産リターンシミュレーションモデルは、現代金融市場の複雑な構造を包括的に捉える枠組みを提供する。多層的なリスク要因、時変相関構造、市場環境の確率的切り替えを統合することにより、単純な多変量正規分布モデルでは再現困難な現実的特徴を反映したシミュレーションが可能となる。 このモデルは、ポートフォリオ最適化、リスク管理、ストレステスト、デリバティブ評価などの幅広い金融応用において有用なツールとなり得る。将来の研究では、機械学習手法を用いたパラメータの動的推定や、より詳細な市場微細構造の組み込みが期待される。
