事例ベースの意思決定理論と投資スタイルの関係
事例ベースの意思決定理論を用いた投資スタイルの予測
事例ベースの意思決定理論は、評価したい情報が過去の情報にどのくらい類似しているのかを距離で測り、類似関数を用いて表現する考え方である。一言で言うと経験則を数値化したものである。本稿では、過去の経験に基づき将来の投資スタイルを予測し、資産運用の実務に利用可能かどうかについて検証を行う。
はじめに
株式のパフォーマンスは市場環境によって異なる。日本の株式市場においては、機関投資家の中ではバリュー・グロース、大型株・小型株による分類がなされることが多い。投資スタイルによってパフォーマンスが異なることが経験的に知られており、仮に投資スタイルが予測できるのであれば大きな収益を獲得できるチャンスとなる。本稿では事例ベースの意思決定理論(Case Based Decision Theory)に着目し、過去の経験に基づき将来の投資スタイルを予測し、資産運用の実務に利用可能かどうかについて検証を行う。
投資スタイルと市場インデックスのリターン属性との関係
投資スタイルとは
投資スタイルとは、投資を行う際に基本となる考え方や手法のことをいう。機関投資家がどのような投資方針によって運用を行うかを決める際には対象銘柄をいくつかのカテゴリーに分ける。よく用いられる分類基準として、バリュー(割安株)・グロース(成長株)、大型株・小型株といった尺度が一般的である。
| 分類基準 | 指標 |
|---|---|
| バリュー・グロース | PBR(自己資本対株価) |
| 大型株・小型株 | 対数時価総額 |
投資スタイルのトレンド
分析のための条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| バリュー指数 | |
| グロース指数 | |
| 大型指数 | |
| 小型指数 | |
| 頻度 | 月次 |
| 期間 | 2000年1月〜2012年6月末 |
投資スタイルのトレンド
スプレッドリターンを用いた分析では、累積バリュー・グローススプレッド・リターンの推移をみると、前半の期間はバリューが優位、中頃は横ばい、後半の期間はややグロース優位な市場環境であった。大型株・小型株のスタイルでは、前半の期間は小型株優位、中頃は大型株優位、後半はまた小型株優位な局面であった。短期的には投資スタイルは交互に優位性を繰り返しつつも長期的にはトレンドが見られる。特に過去においては大型株・小型株の投資スタイルはバリュー・グロースの投資スタイルよりもトレンドの変化が顕著であった。
投資スタイルの予測可能性
投資スタイル別の特徴
投資スタイルの特徴を示す指標としてファクター・リターンを用いる。ファクター・リターンとは、リターンを被説明変数、ファクター・エクスポージャーを説明変数としてクロスセクショナルに回帰分析を行ったときの回帰直線の傾きである。値が大きいほどファクターのリターンに対する感応度が高いことを意味する。
PBRの代わりにBPファクター、対数時価総額の代わりに規模ファクターを用い、大型株・小型株の投資スタイルに絞って4つの局面に分けて分析を行った。
局面別ファクター・リターンの特徴
| ファクター | 特徴 |
|---|---|
| 規模ファクター | 上昇・低下局面関係なく、大型(Large)でプラス寄与、小型(Small)でマイナス寄与 |
| 市場連動性ファクター | 上昇局面でプラス寄与、低下局面でマイナス寄与 |
| EPファクター・BPファクター | 局面に関係なくプラスに寄与 |
| 財務健全性比率ファクター | 大型株が優位な相場付きにおいてプラスに寄与 |
| 米国株感応度ファクター | 大型株上昇局面で特にプラスに寄与 |
投資スタイルや局面によってファクター・リターンには特徴があることが確認された。
ファクター・リターンの持続性
累積ファクター・リターンの相関
月末時点の累積ファクター・リターンと月末から±X営業日の累積ファクター・リターンとのクロスセクション相関係数を算出し長期平均した結果、±7営業日あたりまでは長期平均的な相関係数が0.8以上となっている。大きく相場環境が変化する状況を除き、長期的には前後1週間程度は少なくとも相場環境が持続していることを意味している。
LSスプレッド・リターンとファクター・リターンとの相互相関
累積LSスプレッド・リターンと各累積ファクター・リターンとの間の相互相関について検証した結果、規模(Scale)、回転率(Turn_Over)、東証1部外フラグ(Non_Tpx)を除いて、正のラグが確認された。これらはLSスプレッド・リターンに対して先行性がある。
累積ファクター・リターンのクロスセクション分布は数日程度であれば高い相関があり、分布はあまり変化しない。また、ファクターによってはLSスプレッド・リターンに対し統計的に先行性があることが分かった。これらのことを総合的に見ると、累積ファクター・リターンを予測することができればその時点の投資スタイルが予測できる可能性がある。
投資スタイルに先行するファクターの存在
大型株・小型株スプレッド・リターンに対して、ファクター・リターンが先行するかどうかを検証するために、多変量自己回帰分析による同時推定を行った。結果を見るとラグが6期前までは有意であり、ファクターを基準にみると先行性があることがわかった。
ファクターの予測
2008年7月のファクター・リターンの予測例では、ファクターによって予測がうまくいっているものとそうではないものが分かれる結果となった。
| ファクター | 予測結果 |
|---|---|
| BP・EP | 上昇と予測したが、実際には低下 |
| 市場連動性・変動性・日次リターン | 低下予測に対して実際に低下、うまく予測できた |
| 大型株・小型株スプレッド・リターン | 結果的にはうまく予測できた |
極端に相場付きが変化する場合は予測精度が低下する恐れはあるものの、ファクターによっては予測がうまくいくことが期待される。
経験則に基づく投資スタイル確率の推定
事例ベースの意思決定理論について
事例ベースの意思決定理論とは、過去の事例に基づいて現在の意思決定を行う意思決定論の総称である。従来のファイナンス理論では予測は期待値を用いることが一般的であるが、事例ベースの意思決定理論の場合、過去に起こった事象に近ければ(似たような環境であれば)、その事象がまた起こると仮定する。どのくらい似ているのかを数値で評価することで、事象が起こる確率を求めることができる。
| 手法 | アプローチ |
|---|---|
| 従来のファイナンス理論 | 将来どのくらいの確率で事象が起こり、そこから平均してどのくらいの利得を得ることができるか(期待値) |
| 事例ベースの意思決定理論 | 過去に起こった事象に近ければ、その事象がまた起こると仮定し、類似度を数値で評価して確率を求める |
定式化
経験則に基づく過去の情報と対象となる情報がどのくらい類似しているのかをモデル化するための距離関数を以下で定義する。
はウェイト、 はファクター・リターンの種類である。
距離関数を用いて類似度を測定するための関数は、
類似関数は距離に基づいて、どのくらい情報が類似しているかを集約した値である。この類似関数を用いるスタイル確率は、
ウェイト は尤度関数を最大化することで求める。尤度クロスバリデーション法を用いて を求める:
なお、最適化は準ニュートン法を用いて計算した。
2008年の事例:投資スタイル確率
過去の経験から小型株優位な相場付きであったときの情報が集まっていたとする。予測時点の情報を用いて予測した結果、小型の属性を示す情報との距離が近くなれば、小型株優位な市場環境を予測することになる。距離が近いほど確信度が強まるので起こる確率は高くなる。
2008年の月別に投資スタイル確率を算出した結果、リーマンショックの影響のためか、低下局面を予測している月が多かった。
投資スタイル確率を用いたシミュレーション
シミュレーション方法
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ①データ算出 | 月末1営業日前の引けの時点で、当月の累積ファクター・リターンと累積インデックス・リターン、累積大型株・小型株スプレッド・リターンを算出 |
| ②推計 | 多変量自己回帰分析法を用いて翌月末時点の各累積リターンを推計 |
| ③スタイル確率算出 | 過去の蓄積したファクタ情報と推計値を用いて4つの投資スタイル確率(大型株優位・上昇局面、大型株優位・低下局面、小型株優位・上昇局面、小型株優位・低下局面)を算出 |
| ④投資判断 | 最も確率が高かった投資スタイルを翌月の投資スタイルとし、当月末の投資判断に使用 |
| ⑤繰り返し | 分析期間は1992年1月〜2012年12月(日次データ)。予測は2000年1月末営業日から毎月繰り返し |
投資判断の詳細は以下の通りである。
| 予測結果 | 投資行動 |
|---|---|
| 市場上昇・大型株優位 | 指数を保有 |
| 市場上昇・小型株優位 | 指数を買い持ち |
| 市場低下 | 保有せず、現金保有 |
ポートフォリオのリターンは時間加重の日次リターンを算出し月次リターンに変換した。
結果
投資スタイル予測を利用したポートフォリオは、大型株インデックス(Large Cap)・小型株インデックス(Small Cap)・等ウェイト保有の比較いずれに対しても十分に機能している。低下局面で保有しないことが資産価値の低下を抑えている。サブプライムの大きな低下局面を予測できているのは注目すべき点である。2004年からの小型株上昇局面に劣らない上昇を見せているのは、小型株上昇局面を予測できたためである。
信用取引を利用し、低下予測局面にて空売りを実施した場合、さらに優れたパフォーマンスが得られた。
課題とまとめ
事例ベースの意思決定理論を応用して株式の投資スタイルの予測を試み、経験則を数値化することで投資スタイル予測がある程度可能であることが示唆された。他の投資スタイルや相場局面にも応用ができる可能性がある。
今後の課題
| 課題 | 内容 |
|---|---|
| リバランス頻度 | 今回は毎月検討したが、投資信託や企業年金基金などでは年単位のリバランスを検討することもある |
| スタイル・インデックス | 日本株インデックス以外にもさまざまなものがあり、目的や制約を考慮した詳細な分析が必要 |
| バリュー・グロースへの応用 | 日本市場で特に強く観測されるバリュー・グロースの投資スタイルへの同様のフレームワークによる分析 |
| 予測効果の分離 | 大型株・小型株の投資スタイルに加えて上昇局面・下降局面も同時に予測しているため、純粋な投資スタイル予測のみの効果ではない点に注意が必要 |
参考文献
| 文献 | 内容 |
|---|---|
| Carl Bacon [2008] | Practical portfolio performance measurement and attribution second edition, WILEY FINANCE |
| 塚越・江田 | 「倒産確率推計におけるロジットモデルと事例ベース・アプローチの比較研究」, 京都大学経営管理大学院ワーキングペーパー |
なお、データについては日経ポートフォリオマスターを用いて分析を行った。
